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個人の外貨投資の手法として注目を集めているFX外国為替。その魅力といえば、少額の証拠金による数倍〜数百倍のレバレッジ効果による為替差益。当サイトでは新しい資産運用法「外国為替」の基礎知識をメーンに紹介していきます。

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1992年、ポンド危機。90年代に入りイギリスの経済状況は他の欧州各国に比較して低迷しており、英国政府は、金利を切り下げるべき選択に迫られていた。それはポンドの下落を意味するものであり、ERMからも撤退することとなる。この事態に対してジョージ・ソロスは、92年9月15日、70億ドル相当のポンドを売り浴びせる。イングランド銀行は9月16日、金利を10%から15%に上げ、ポンド買い介入で応戦したがポンドは暴落。その夜、イギリスはERMからの撤退を表明、17日に金利は10%に戻された。同日イタリアもERMから撤退を発表。


■ポンド危機

ポンド危機とは、1992年秋に発生したイギリスの通貨であるポンドの為替レートが急落した出来事である。


▽発端

もともとポンドは世界の基軸通貨であったが、第二次世界大戦後その地位は失われた。また、イギリス経済はストップゴー政策と呼ばれる経済政策の迷走の結果、『英国病』といわれるほどの経済的低迷状態にあった。

イギリスの経常収支は、原油輸出国であったことから原油高騰時は黒字であったが、基本的に赤字基調となりつつあった。

そのなかで、EC(欧州共同体)では域内通貨の統合に向けて域内通貨間の為替レートを事実上固定するEMS(欧州通貨制度)とERM(欧州為替相場メカニズム)を進めていた。

1990年10月に東西ドイツが統一されて以来、旧西ドイツ政府による旧東ドイツへの投資が増加し、欧州の金利は高目に推移していた。高めの金利は欧州通貨の増価をもたらした。連動して、ポンドは次第に過大評価されていくことになり、持続可能性を喪失していった。

これに目をつけたのがジョージ・ソロスである。ソロスは、「相場は必ず間違っている」が持論であり、このときも、ポンド相場が実勢に合わないほど高止まりしていると考えた。そして、ポンドを売り浴びせ、安くなったところで買い戻すという取引を実行することになる。


▽展開

1992年9月になり、ポンドへの売り浴びせは激しさを増した。

9月15日には、激しいポンド売りにより変動制限ライン(上下2.25%)を超えた。

9月16日には、イングランド銀行が公定歩合を10%から12%へ引き上げ、さらにその日のうちにもう一度引き上げ15%とした。しかし、それでも売り浴びせはとまらなかった。事実上のERM脱退となったこの日は、ブラックウェンズデー(暗黒の水曜日)と呼ばれている。

9月17日、イギリスポンドは正式にERMを脱退し、変動相場制へ移行した。


▽結果

ポンドはその後も1995年まで減価を続けた。

ジョージ・ソロス率いるヘッジファンドは、10億~20億ドル程度の利益を得たといわれる。

翌年の1993年には欧州各国に通貨危機が飛び火し、ERMは大幅な再編を迫られることとなった。再編後、1999年には統一通貨ユーロへと結実している。なお、イギリスはこのユーロに2006年現在も参加していないが、大陸欧州との通貨統合の試みにより不利益をこうむったポンド危機の記憶と無関係ではない。

1997年には同様にヘッジファンドによる通貨空売りが東南アジアで発生しアジア通貨危機となった。




[外国為替用語集]外国為替用語 ア〜ナ行 / 2007/06/04 21:21
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